2024年10月から、岩手県一関市で同消防本部が作成した『生命維持治療に関する医師指示書(POLST)』が運用開始となりました。
杉山医師は在宅医療の専門家として、同消防本部から助言を求められ、『生命維持治療に関する医師指示書』の作成プロセスで意見交換を行いました。
消防法上、救急隊は心肺停止状態の傷病者に対して心肺蘇生を実施し、医療機関へ搬送することが義務付けられています。
一方で、Advance Care Planning(ACP:人生会議)などを通じて、心肺蘇生を望まない最期を選択する住民もいます。
しかし、実際には、呼吸停止している本人を見た家族が119番通報してしまい、救急隊による心肺蘇生や搬送が行われるケースが少なくありません。
このような場合、当人の意思が尊重されないだけでなく、家族や救急隊員にも当人の希望に沿えなかったことへの後悔が生まれる可能性があります。
これに対して、一関市消防本部の新対応では、
事前に患者本人や家族、かかりつけ医の間で「指示書」を作成していれば、救急隊は現場でかかりつけ医に確認した上で心肺蘇生を中止できる(上記記事)
としています。
米国で始まったこの取り組みの正式名称は「Physician Orders for Life-Sustaining Treatment(POLST;生命維持治療に関する医師の指示書)」です。日本でも日本臨床倫理学会が提唱する「日本版POLST」として普及啓発が進められ、東京都などですでに運用されています。
この指示書の重要な点は、正式名称に示されているように、医師によって指示書が作成することにあります。逆に言えば、当人がリビングウィルとして文書を書き記すだけでは不十分である(公的な効力が発揮されない)ことを認識する必要があります。
具体的に作成手順は、患者が十分な情報提供を受けた上で、家族や医療者との間で繰り返し話し合い(ACP)、医師が患者の意向に沿う治療やケアを指示書に明記します。指示には、心肺蘇生を行わない(Do Not Attempt Resuscitation;DNAR)も含まれます。
全国的にPOLSTの運用が望まれるなか、一関市消防本部が作成・運用に至った背景には、望まない心肺蘇生を実際に経験した救急隊員の想いがありました。救命第一を使命とする救急隊員が、より優位性を持つはずの当人の意思が尊重されない状況に胸を痛めていたのです。杉山医師はこのような想いに共感し、一関版指示書の作成に関わりました。
運用開始となったとはいえ、日本におけるPOLSTおよびその目的・背景に関する認知度は、「人生会議」と同様に決して高くありません。この指示書が住民および医療者の双方に広く認知されるためには、関連団体が積極的に普及啓発を行うことが望まれます。また、一関市消防本部の取り組みを契機に、岩手県内の他の自治体でもPOLSTが広がることが期待されます。
(文責:杉山)