2026年9月26日付の朝日新聞朝刊「オピニオン&フォーラム」に、一般社団法人みんなの健康らぼ代表理事・坪谷透の投稿、「PISA結果 問われるのは社会」が掲載されました。
今回取り上げたのは、OECD(経済協力開発機構)が実施する国際的な学習到達度調査、PISA(Programme for International Student Assessment)です。
PISAでは、15歳の生徒を対象に、数学的リテラシー、読解力、科学的リテラシーなどを測定しています。日本はこれまで、国際的に非常に高い成績を維持してきました。
世界的に子どもたちの学力低下が懸念される中、日本の学校教育が高い水準を保っていること自体は、もっと評価されてよい成果だと思います。
しかし同時に、一つの疑問があります。
これほど高い学力を身につけた日本の子どもたちは、その能力を大人になって十分に生かせているのでしょうか。
PISAが測っているのは、単なる「暗記力」ではない
PISAについて、「学校で習った知識をどれだけ覚えているかを競う試験」と考えると、その本質を見誤ります。
PISAが重視しているのは、知識そのものだけではありません。
数学や科学、文章読解について、現実社会の問題に知識を応用し、考え、判断する力が問われています。
つまり、日本の15歳がPISAで世界トップクラスの成績を残しているということは、日本の学校教育が相当な人的資本を育てていることを意味します。
だからこそ、問題はその「次」にあります。
教育で育てた人的資本を、社会は生かせているのか
日本では、子どもたちは長い時間を学校や家庭での学習に費やします。
家庭も教育に多くのお金と時間を投入し、学校では多くの教員が子どもたちの教育を支えています。
これは社会全体で行っている、非常に大きな人的資本への投資ともいえます。
ところが、その後の社会を見渡したとき、教育によって培われた能力が十分に発揮され、それに見合う評価や報酬につながっているのかについては、改めて検討する必要があります。
高い能力を持つ若者が新しいことに挑戦し、その能力が正当に評価される。より生産性の高い仕事へ人が移り、その成果が賃金にも還元される。
そうした社会の仕組みがなければ、学校教育だけを改革しても限界があります。
「教育改革」だけで教育問題を考えない
学力や教育について議論すると、しばしば、
「学校をどう変えるか」
「授業をどう変えるか」
「教員をどう変えるか」
という議論になります。
もちろん、それらも重要です。
しかし、日本の子どもたちがすでに国際的に高い学力を示しているのであれば、別の問いも必要です。
「学校をどう変えるか」だけではなく、「学校を卒業した人を受け入れる社会をどう変えるか」。
教育によって育った人材を社会が本当に生かせているのか。
能力のある人が挑戦できるのか。
成果を上げた人が適切に評価されるのか。
そして、生産性の向上が賃金や生活の豊かさにつながっているのか。
教育政策と経済・労働政策を切り離して考えるのではなく、「教育→就労→生産性→所得→生活」までを一つのシステムとして考える必要があるのではないでしょうか。
問われているのは、子どもではなく大人の側かもしれない
日本のPISAの成績を見ると、「今の子どもは勉強しなくなった」「若者の能力が落ちた」といった単純な若者批判には慎重になる必要があります。
むしろ問い直すべきなのは、
これほど高い能力を持って社会に出てくる若者たちに、私たち大人はどのような社会を渡しているのか
ということではないでしょうか。
教育は、テストで高得点を取らせること自体が目的ではありません。
学んだ能力を使って、新しいことに挑戦し、仕事をつくり、社会の問題を解決し、自分自身の人生を豊かにしていく。
そこまでつながって初めて、教育への投資が社会全体の成果になります。
PISAの順位を喜ぶだけで終わらせず、その先にある社会のあり方まで考える。
今回の寄稿が、日本の教育と社会について考えるきっかけになれば幸いです。
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一般社団法人みんなの健康らぼ
代表理事 坪谷 透

